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大阪地方裁判所 昭和44年(行ウ)109号 判決

原告 大杉禎胤

被告 大阪府知事

訴訟代理人 藤浦照生 外七名

主文

被告が昭和四二年一二月五日付でした、原告の医薬品一般販売業許可申請に対する不許可処分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一申立

一  請求の趣旨

主文同旨の判決を求める。

二  請求の趣旨に対する答弁

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。

第二主張

一  請求原因

1  原告は、昭和四二年二月三日被告に対し、大阪市住吉区粉浜東ノ町五丁目一三九番地サカエ薬品株式会社住吉店一階内の独立店舗二一平方米を店舗として医薬品一般販売業の許可申請をしたところ、被告は昭和四二年一二月五日原告に対し、店舗の設置場所が配置の適正を欠くとの理由で、右販売業を許可しない旨の処分をした。

2  原告が本件許可申請をするに至つた経緯はつぎのとおりである。

(1) 原告は、昭和三六年四月一五日小川光一から大阪市福島区上福島北二丁目三七番地の一宅地一三二坪五合三勺の地上にある木造瓦葺平家建事務所建坪一四坪二合五勺(土地建物とも所有名義は西垣林業株式会社、以下これを従前の土地建物という)の賃借し、瑞穂薬品商会の商号で医薬品販売業を営んでいた。

(2) ところが、従前の土地は大阪市施行の土地区画整理事業の施行区域内にあつて、その仮換地として福島区上福島鷺洲工区三九ブロツク付号二宅地八六坪六合三勺が指定されていた。そして従前の建物は右区画整理事業による道路予定地上に存在し、立退きを迫られていた。

(3) 昭和三九年一二月一四日従前の土地建物が吉田治三吉の所有となり、同人は仮換地上に軽量鉄骨造スレート葺一部二階建のモータープールを建設し、原告に対しては土地または建物の賃貸を拒絶した。

(4) 原告はやむなく昭和四〇年四月二八日大阪簡易裁判所で吉田との間において、従前の建物を昭和四一年四月三〇日かぎり明渡す旨の和解をし、さらに同年五月二〇日再び同裁判所で、明渡期限を一年延長して昭和四二年四月三〇日かぎりとする旨の和解をした。

(5) かようにして従前の建物の明渡を余儀なくされた原告は、昭和四一年一二月一日被告に対し、医薬品販売業の営業を廃止する旨の屈出をし、第1項記載の店舗を賃借したうえ、あらためて本件許可申請に及んだのである。

3  被告の本件不許可処分はつぎの事由により違法であるから、取消を免れない。

(1) 一般販売業の店舗の配置規制を定めた薬事法二六条二項本文、六条二項、四項および「薬局等の配置の基準に関する条例」(昭和三八年大阪府条例三三号、以下単に条例という)三条の規定は、憲法二二条一項に違反する。

薬事法二六条二項の準用する同法六条二項、四項は、薬局の設置の場所が配置の適正を欠くときは許可を与えないことができること、この配置の基準は、住民に対し適正な調剤の確保と医薬品の適正な供給を図ることができるように都道府県が条例で定めることを規定し、これをうけて条例三条は、「一、薬局等の数が、人口、交通事情、住民の調剤及び医薬品に対する需要状況等調剤の確保と医薬品の需給に影響を与える各般の事情を考慮して知事が定める区域ごとの数(適正数)をこえない区域にあつては、他の薬局等との距離が一三〇メートル以上あること。二、薬局等の数が適正数をこえる区域にあつては、他の薬局等との距離が二六〇メートル以上あること。」と定めている。

しかし、憲法二二条一項は国民の営業の自由を保障し、自由競争を建て前としており、公共の福祉を理由とする営業の自由の制約は最少限度にとどめなければならない。薬事法が薬局等の配置を規制する趣旨は、薬局等の偏在または乱立により多数の国民の薬局等利用に不便を来たし、また過当競争による経営の不安定から、薬局等の衛生設備の低下をきたすことを防止するにあるとされているが、自由主義経済のもとでは、自由競争にもとづく経済の自律性によつて、配置の適正がもたらされることを本旨とすべく、もし過当競争から衛生設備の低下を来たす例があるときは、個別的に許可の取消をもつて対処すべきであり、一般的に配置の適正について法をもつて規制することは、公共の福祉による制限の範囲を逸脱する。すでに物価安定政策会議総合部会は、配置規制の合理性を否定し、その撤廃を答申しているところであり、薬事法および条例の配置規制に関する規定は、憲法二二条一項に違反するといわなければならない。

(2) 右規定自体は違憲でないとしても、本件不許可処分は憲法二二条一項に違反している。

原告は土地区画整理事業により従前の建物を立退かざるをえなくなつたもので、後述のように配置規制の適用除外例(条例二条五号)に該当するのにかかわらず、被告は既存業者やこれと結託する一部府会議員の圧力に屈し、配置の適正に名を借りて、既存業者の独占的利益擁護のため、原告の正当な申請を拒み、不許可処分に及んだもので、個人の営業の自由の侵害であり、公共の福祉による制限とはいえない。

(3) 以上がいずれも理由がないとしても、本件処分は条例の適用を誤つた違法がある。

条例二条五号によれば、「薬局開設者、一般販売業者または薬種商が、天災、土地の収用その他これらに類する理由により、他の場所において、薬局を開設しようとし、または一般販売業もしくは薬種商販売業を行なおうとするとき」は条例三条の配置基準の規定による制限を受けないものとされている。原告は、前述のように土地区画整理事業のため、従前の建物から立退かざるをえなくなり、しかも地主は仮換地上に堅固な建物を建て、モータープール業を営んでいて、原告が同地上で営業を続行することは不可能な状態であつたから、条例二条五号の「その他これらに類する理由」に該当するものである。しかるに、被告は条例の解釈を誤り、二条五号にあたらないとし、距離制限を理由に不許可処分をしたのは違法である。

二  被告の認否と主張

1  請求原因1の事実を認める。同2(1)(2)(4)(5)の各事実、および(3)のうち、昭和三九年一二月一四日従前の土地建物が吉田治三吉の所有となつたことは認め、その余は不知。同3(1)(2)(3)の主張は争う。

2  薬事法六条四項にもとづき制定された条例三条の規定は原告主張のとおりであり、大阪市の区域においては、薬局等の数が、昭和四三年五月三一日大阪府公告一五二号により定められた適正数を下回つているから、薬局等の配置の基準は同条一号によることになるところ、原告の申請にかかる店舗の所在地から直線距離で約五七メートルの地点に嶋田薬局、約九九メートルの地点に大学薬局がそれぞれ存在し、条例所定の一三〇メートルに達せず、配置の適正を欠くことが明らかであつたので、本件不許可処分をしたのである。

3  薬事法二六条二項本文、六条二項、四項および条例三条の規定は、憲法に違反しない。

医薬品は国民の保健衛生にきわめて密接かつ重要な関係をもつものであり、この医薬品を調剤し供給する役割を果している薬局等は、単なる営利的な施設ではなく多分に公共性を有する。今もし薬局等の開設を業者の自由にまかせて、配置の適正を保つために必要な措置を講じないときは、その偏在により調剤の確保と医薬品の適正な供給は期しがたいこととなり、また乱売兼売等の過当競争を生じて、その経営を不安定ならしめ、ひいてはその施設に不備欠陥を生じ、品質効能の低下した医薬品の調剤供給等好ましくない結果を生むおそれなしとしない。このような事態の発生を防止することは公共の福祉の要請であり、そのためには薬局等の配置の適正を確保することが必要であるとの認識から、距離制限を設けて配置を規制する前記薬事法および条例の各規定が定められるに至つたもので、これは立法権の裁量の範囲内に属し、何ら憲法二二条一項に違反するものではない。

物価安定政策会議総合部会が薬局等の配置規制の撤廃を答申していることは、原告主張のとおりであるけれども、昭和三二年ごろから同三五年ごろにかけての医薬品の乱兼売競争がもたらした幣害を除去するため、配置規制が法制化された結果、医薬品の適正円滑な供給が確保されるようになり、前記答申も、かような経過と現状を前提としつつ、主としてそれが医薬品の価格を高位に維持する結果となつていることにかんがみ、今やこれを存続させる必要性は乏しくなつたとの意見を表明しているのであり、配置規制の合理性を根底から否定したものではなく、違憲論の根拠とはならない。

4  本件不許可処分は憲法ないし条例に違反しない。

条例二条五号は、「天災、土地の収用その他これらに類する理由」の存する場合における救済措置として規定されたもので、その解釈適用は厳格になされるべく、これをみだりに拡張して解釈するときは、適正配置についての秩序を乱すおそれがある。土地収用や換地処分が行なわれる場合でも、替地、仮換地等(以下替地等という)が交付されている場合とそうでない場合とを一律に取扱うのは妥当でなく、替地等が与えられているのに、その替地等の場所をさしおいて他の場所を任意選択することを許すのは、真にやむをえない場合の救済の域をこえ、適正配置の理念をないがしろにすることになるから、替地等の存する場合には、その替地等に薬局等を開設するときにかぎつて、条例二条五号の適用があると解すべきである。本件の場合、原告の賃貸人である吉田治三吉は、仮換地の指定をうけながら、従前の建物を仮換地上に移転せず、賃貸借の継続を拒んだというのであるが、それは吉田の原告に対する債務不履行であつて、原告は吉田に対し賃貸借の継続を請求できる権利があるのに、あえて任意に明渡の和解をし、権利を放棄して、仮換地外へ移転しようとしているのであり、「土地の収用その他これに類する理由」によつて営業の廃止を余儀なくされたものとはいえず、条例二条五号の適用がないのは当然である。

また、右仮換地の指定がなされたのは昭和二五年六月一日であり、原告は昭和三六年七月二八日に一般販売業の許可をうけて従前の土地上で営業をはじめたもので、その店舗である従前の建物の相当部分が仮換地の範囲外にあり、したがつてその立退きは原告の営業開始の当初から法律上当然に予定されていたことであつて、この点からも、本件に条例二条五号を適用するのは明らかに行きすぎである。

第三証拠〈省略〉

理由

一  不許可処分の存在

請求原因第1項の事実は、当事者間に争いがない。

二  許可申請に至る経緯と不許可処分の理由

請求原因第2項中、(1)(2)(4)(5)の各事実および(3)のうち従前の土地建物が昭和三九年一二月一四日吉田治三吉の所有となつた事実は、当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第一六号証、乙第一ないし第三号証、原本の存在と成立に争いのない甲第七号証、第一〇号証の二、第一五、第一七号証、証人西川美代次、奥村五郎、末吉太郎の各証言および原告本人尋問の結果を総合すると、つぎの事実が認められる。

1  従前の建物は約三坪弱が仮換地上にかかつているだけで、大半は道路敷となることが予定されている土地上にあり、土地区画整理事業の進行にともない、早晩移転を免れないものであつたが、従前の土地建物の新所有者となつた吉田治三吉は、従前の建物についての原告の賃借権を争い、建物を仮換地上に移転して引続き原告に賃貸することを拒み、原告に対し明渡を強く要求し、また土地区画整理事業の施行者である大阪市からも立退きの要請が強まつてきたため、原告はやむをえず吉田との間に昭和四〇年四月二八日、明渡期限を一年後とする即決和解をし、吉田は翌五月仮換地上に、従前の建物に接着してこれをとりかこむような形で軽量鉄骨造スレート葺一部二階建のモータープールを建設した。

2  この間、原告は移転先として、まず昭和三九年一月頃大阪市北区小松原町のOS劇場横にある北陽興産株式会社所有店舗の賃借を計画し、薬局等開設の許可に関する事務を所管する大阪府衛生部薬務課に予め伺いをたてたが、この地域には薬局等開設の許可申請が数件競合し、複雑な関係にあつたため、同課の事前の行政指導により、約半年後にこれを断念するのやむなきに至り、次いで昭和四〇年二月頃には同市福島区茶園町のスーパーマーケツト内に店舗を開設できる見込みがついて、右薬務課に一たん許可申請書を提出したのであるが、今度は右スーパーマーケツトの経営者との間に紛議が生じて破談となつたため、許可申請も取下げざるをえなくなり、その後第三番目の候補場所として、同市住吉区粉浜のサカエ薬品株式会社住吉店(サカエスーパー)内の店舗を見付け、右薬務課との事前相談を経て、本件許可申請に及んだ。

3  ところで、薬事法六条にもとづき大阪府が制定した条例の三条(薬局等の配置の基準)および二条五号(適用除外事由)の各規定の内容は原告主張のとおりであり、大阪市の区域においては薬局等の数が被告所定の適正数以下であるから、薬局等の配置の基準は三条一号によることとなり、薬局等相互間の距離(昭和三八年大阪府規則六三号によれば、これは最短水平直線距離により測定する)が一三〇メートル以上あることを要することになるところ、本件においては、被告の調査によれば、サカエスーパー付近には、直線距離で約五七メートルの地点に嶋田薬局、約九九メートルの地点に大学薬局がそれぞれ存在し、原告申請の店舗と右両薬局間の距離が条例所定の一三〇メートル未満であつた。なお、条例二条五号については、同号にいう「その他これらに類する理由」には土地区画整理事業による移転の場合も含まれるけれども、そのような場合でも、替地(換地)が与えられている限りは、当該替地に移転するのでなければ条例三条の適用を免れないとする厚生省薬務局薬事課長の通達があつて、この解釈によれば、本件は仮換地として指定された場所以外の場所へ移転しようとする場合であるから、条例二条五号の事由にはあたらないことになり、サカエスーパー近辺の既存業者の反対も強かつた。そこで被告は、大阪府薬事審議会の議を経て、原告の本件許可申請を却下したのである。

三  薬事法および条例の合憲性

原告は、薬局等の配置規制(距離制限)を定めた薬事法二六条二項本文、六条二項、四項および条例三条の規定が憲法二二条一項に違反すると主張する。

憲法二二条一項において、国民の基本的人権の一つとして保障されている職業選択の自由は、広く営業の自由を包含するものであり、憲法は基本的には個人の自由な経済活動を基調とする経済体制を予定しているということができるが、個人の経済活動も絶対かつ無制限に自由ではありえず、公共の福祉の要請にもとづきその自由に制約が加えられうることは、右条項自体の明示するところである。

薬局開設者ないし医薬品販売業者の取り扱う医薬品は、国民の保健衛生上必要不可欠の商品であつて、その供給が安全適正に行なわれることは、疾病の治療予防ならびに健康の保持増進のためにきわめて重要である。医薬品の供給の安全適正を確保するためには、薬局ないし販売業者の店舗の地域的偏在を避けて配置を適正にし、もつて国民の利用に不自由なからしめるとともに、業者のいたずらな過当競争による経営の不安定から生ずる施設水準の低下、非良心的な業務処理などの保健衛生上好ましからぬ事態の発生を未然に防止することが、一つの有力な方法と考えられる。もちろん薬局等の配置規制は必然的に既存業者の既得権益を、新規開業者の犠牲のもとに保護することになり、営業の自由に対する重大な制約となるので、配置規制をすることによる公共の利益と営業の自由を貫徹することによる不利益との衡量にもとづき、規制の方法、程度が決せられるべきであるが、このような観点に立つて規制の立法がなされる場合において、具体的な規制方法の選択、規制の程度の決定をすることは立法府の裁量に属し、その方法程度が著しく適正を欠き明らかに不合理で、立法府の裁量権の範囲を逸脱したものと認められないかぎり、その判断は尊重されなければならない。薬事法二六条、六条の規定による配置規制は、前述のような国民の利用上の便益と保健衛生上の利益とを守り、医薬品供給の安全適正を確保するために、昭和三八年の法改正で採用された方法であつて、これをうけた条例三条の規定による具体的な制限もこの趣旨にそうものであり、立法府の裁量の範囲を逸脱した不合理な制約だとはいえない。したがつて、右薬事法および条例の各規定は、営業の自由に対して公共の福祉による適正な制限を定めたものというべく、憲法二二条一項に違反しないと解すべきである。

原本の存在と成立に争いのない甲第三号証、乙第一一号証、成立に争いのない甲第四、第五号証によれば、内閣総理大臣の諮問機関である物価安定政策会議総合部会は昭和四五年四月六日、薬局等の配置規制が効率的な業者の参入を阻害することによつて既設の非効率な業者を温存し、医薬品の価格を高位に維持する結果となつていることにかんがみ、配置規制の撤廃を提言し、また厚生大臣の私的諮問機関である薬局等配置問題懇談会も昭和四六年九月一三日右と同様の理由のほか、配置規制の運用がとかく業界におけるトラブルの原因となつている現状を指摘して、配置規制の漸新的緩和、三年後の撤廃を答申していることが認められ、配置規制自体につき反省の機運が高まつてきていることは否定できないが、配置規制という手段によつて所期した目的を、品質規制、薬事監視その他の手段でもつて代替せしめるべきかどうかは、薬事行政における政策の選択の問題であり、本件処分の当時における配置規制の非合理性を裏付けるに十分なものとはいえず、右に述べた合憲性の判断は左右されない。

四  本件処分の違法性

原告は、本件不許可処分が憲法二二条一項に違反するとも主張するが、その実質は条例の適用の誤りをいうことに帰着するので、以下この点について判断する。

条例二条五号が「天災、土地の収用その他これらに類する理由」によつて他の場所に移転しようとする場合を距離制限の適用除外の一に挙げたのは、これが本人の責に帰しえない不可抗力的あるいは公共的な原因にもとづき移転を余儀なくされる場合にあたるからであり、この立法趣旨からすれば、土地区画整理事業により従前の建物が移転または除却されることになつたため、店舗を移転せざるをえなくなつた場合は、土地収用により立退きを余儀なくされた場合に類比できるから、「これらに類する理由」にあたるものと解すべきである。もつとも、土地区画整理においては、土地収用の場合と異なり換地(仮換地)が指定されるのが通常であるから、その換地上で営業を続行しようとするかぎりにおいて距離制限の適用をうけないというにとどまり、換地が指定されているのにかかわらず、これを機に他により有利な土地を求めて移転しようとするときは、距離制限の適用を免れないのを原則とするのが、配置規制を定めた法の精神に合致するであろう(前示乙第二号証所掲の厚生省薬務局薬事課長の回答はこの趣旨をあらわしたものである)。しかし、換地を事実上使用できない特別な事情のあるときは、換地がない場合に等しいから、この原則に対して例外を認めなければならない。本件においては、前認定のように、従前の土地建物の新所有者となつた吉田治三吉は従前の建物についての原告の賃借権を認めず(前示甲第一七号証によれば、これは、原告が従前の建物の所有権を、当時の所有者小川光一から譲渡担保名下に一たん取得したことにより、賃借権が混同消滅したことを理由としたもののように窺われる)、明渡を強く要求し、従前の建物を仮換地上に移転しようとすらしなかつたのであつて、吉田の右行為は原告に対する債務不履行であるとはいえ、すでに施行者である大阪市からも立退きの要請が強まつている時点で、あくまでも従前の建物の明渡を拒否して賃借権の存否につき吉田と争いを続けることを原告に期待するのは酷であり、原告が吉田との間の即決和解に応じて、明渡を約束したのは、他にとるべき有効な手段がないためやむをえずにした措置であつたと認めるべきである。

してみると、原告は吉田から従前の建物の移転賃貸を拒否されたことにより、仮換地を事実上使用できない立場にあり、土地収用に類する公共的理由により、仮換地以外の土地にあるサカエスーパーへ店舗を移すほかはない状態となつたもので、これは条例二条五号の「その他これらに類する理由」に該当するものといわなければならない。この場合、許可権限を有する被告としては、受け入れに反対する地元業者との摩擦を避けるため種々行政指導を行なうことは格別、原告においてあくまでもサカエスーパーへの移転を求めるかぎり、許可を拒みえないことは明らかである。

被告は、原告の従前地での営業開始当時すでに仮装地指定ずみで、したがつてその立退きは法律上当然に予定されていたものであることをも理由に、条例二条五号の不適用を主張するが、本件における土地区画整理事業の進行は全体としてきわめて緩慢であることを考慮すると、たとえ仮換地指定後に従前地で営業を開始した者であつても、ことさらに条例三条の距離制限規定の適用を回避する意図に出たものでないかぎり(原告がこのような意図を有していたことを認める証拠がない)、条例二条五号の枠外にあるとすることは許されない。

五  結論

そうすると、被告が原告の本件許可申請に対してこれを許可しないとした処分は条例の適用を誤つた違法があり、取消を免れない。よつて原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 下出義明 藤井正雄 石井彦寿)

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